10.せんかい10

「村越さん、61次参加されるんですよね。期待しています」と、地学の研究主任の菅沼さんから声を掛けられた。湖沼にボートを浮かべる観測をするという。門外漢の僕には今ひとつピンとこなかった。湖沼だったら気水圏の研究?

 

 話を聞いて、少し理解が進んだ。湖沼にボートを浮かべて、湖底の泥を採集する。堆積した泥には、地域の環境変動の歴史が刻まれている。この話は、最近はまった理系の作家が書いた短編小説集「月まで3km」の「天王寺ハイエイタス」の伏線に使われていたので、よく分かる。

 

 6月末、その地学チームの訓練のお手伝いにいった。中海の湖底の泥を採集するのだ。家族には「鳥取に行ってくるね」と言ってでかけた。そういえば、泊まるのは島根大学の研修施設だったと後から気付いた。中海は島根と鳥取の県境であった。

 

 湖底から泥を掘削する。どんなハイテク装置が準備されているのかと思ったら、アキレスのゴムボートを3艇並べて、それをDIYで購入できるようなアルミフレームでつないでその上に工事現場にあるような三脚を立てた船だった。船の上に櫓が建っているという点では、確かにJAMSTECの深海探索でおなじみの「ちきゅう」+探索艇「しんかい6500」と同一構造だ。構造上、10m程度の湖底を掘ることができるので、湖底探索艇「せんかい10」だ。駿河湾でも時々探索をおこなっているしんかい6500は富士山をバックにした晴れ晴れしい写真によくお目に掛かる。そんな気分で山陰地方の代表的な山大山をバックに写真をとってみた(曇りで見えない)。気分は「青空に映える山々の下、地球のナゾに挑む私たち」である。日常圏では6500mも潜らないと科学的発見がないのかもしれないが、宇宙よりも遠い南極では、10mも掘れば発見のタネに出会えるかもしれない。

 

 搭載されている三脚に備え付けられている泥の採集機構には「可搬式パーカッションピストンコアラ-」というカッコイイ名前がついている。主任菅沼さんの発明だそうだ。重機を持ち込める現場なら、もっといかついボーリングマシンとかでがっつり泥を採集するのだろう。だが、搭載量最大2tの自衛隊のヘリコプターでしか物資を運べない南極では、まさに「可搬式」というのが重要な要素である。前回紹介した熱水による氷床掘削にしても、そういう現場の制約の中で生み出されたのだろう。

 

 観測隊に参加すると、最先端の科学的営みであるが故のアナログ性に出会うことが多い。これもまた人間の所産であり、人文科学のテーマとなりえる。エキスパートの問題解決のケーススタディーとして興味深いし、こうやって取った断片的なデータから地球の姿を描き出す科学者の頭の中も、認知心理学にとっては興味深い。