21.防人歌

オーストラリア便の出発は夜なので、朝大学の事務に挨拶をして、慌ただしく新幹線に乗った。ちょうど2年前のことが思い出される。日帰りのために成田空港にいく経験などないので、必要ないと分かっていても、パスポートを持っていないことが不安になる。今日は第61次南極観測隊の出発式。

 

 今や、別働隊も何隊も出ているのだが、やはり大多数である本隊が日本を発つ日というのは特別感がある。空港の駐車場2階にある貸し切り待合室で、簡単なセレモニーが行われる。中村極地研所長、文科省の担当課長、そして青木隊長、青山越冬隊長、熊谷副隊長の挨拶が続く。後は集合写真を撮るだけの簡単なセレモニーだが、隊員を送り出す家族の身には格別なできごとだろう。

 

 過酷な自然環境での生活についても、リスクに対する感覚にもなんの心配もない宮内隊員だが、研究者として送り出すのに、不安がないわけではない。「娘を送り出す父親の気分」と言ったら、お父様に対して僭越だろうか。「アドベンチャーレースをやるといった時から、何があっても覚悟はできています」とお父様。この親にしてこの娘あり。

 

 出発ロビーに戻ると、国家プロジェクトにふさわしい気合いの籠もった見送り風景が見られる。成田からはそれほど遠くない筑波にある国土地理院からは大挙して見送りがあり、一段と派手な横断幕が目を惹く。

 

 夏隊・越冬隊を問わず、手荷物検査の入り口を通り過ぎる隊員の皆さんと握手を交わす。思ったよりも「取り残された感」は感じなかった。越冬隊の皆さんが、口々に「来年会いましょう!」と言ってくれたからだろう。ある若い隊員はハグまでしてくれた(ちなみに男性)。その時だけは涙腺が緩んでしまった。

 

 気合いの入った見送りの一方で、彼女がたった一人で越冬に赴く若い隊員を見送る姿も風情がある。令和初の観測隊の出発にふさわしい。

「置きて行かば妹はま愛し持ちて行く梓の弓の弓束にもがも」(防人歌)

「後れ居て恋ひば苦しも朝猟の君が弓にもならましものを」(返歌)