8. After 60 years

2017年、同行者としての南極行きが半月後に迫った11月半ば、事務の方から連絡があった。なんでも、私の南極行きが記事になった新聞を見て、送りたいものがあると言う年配の女性からの連絡があったとか。連絡先を伝えてもらうことにした。

 

 送られてきたのは、古ぼけた新聞の号外だった。第一次南極観測隊がオングル島に上陸した場面を捉えた写真と「昭和基地に日章旗翻る」の見出が載っている。送ってくれた女性は、当時中学生。街で新聞の号外を受け取った後、学校の先生に見せたところ、「大事なものだから、いつか役立つ時が来るかもしれないので取っておきなさい」と言われたそうだ。それから60余年。その女性は引っ越しもしただろうし、結婚もしただろう。何度も住まいを変える中で、先生の教えを忠実に守ったのか、ただ惰性で持ち続けていたのかは分からない。

 

 私たちも日常の多くのものを「いつか役立つ時があるかもしれないから」と取って置く。だが、実際に役立つことは滅多にない。しかし、この号外は偶然のように「役立つ」時が来た。我がことながら、その女性の心情を思ってじんと来た。

 

 南極から戻って、南極での様子を紹介するTV番組に出演した後にも、大学あてにはがきが届いた。やはり年配の女性だった。第一次観測隊当時「南極観測隊に励ましの紙を書く」という企画が各地の学校で行われていたらしい。その時、彼女の弟さんが「望」という父と同じ名前だったので、父宛に手紙を書いたらしい。その後返事が来たとかで、懐かしがってくれたはがきだった。

 

 「今でも南極に行っているんですね?」と聞かれることもある。そんな現代では考えられないエピソードである。「宇宙よりも遠い場所」へ初めて出向く快挙だからこそ、60年たった今も、人生の思い出の一コマとして心にとめている人たちがいるのだろう。

(その号外を載せたいところだが、著作権法により控える)。