▲写真は59次の時の冬訓練後の班での記念撮影。この時の越冬メンバーがさきごろようやく帰国した。
2017年、59次隊への同行に向けて準備しているころ、大学の総務係長に「先生、正式に決まるのはいつでしょうか?」と聞かれて、「それが、10月なんです・・・」と答えて唖然とされたことがあった。11月末に出発して4ヶ月も大学を開けるのだ。その正式決定が10月では話にならない。
もちろんそれはあくまで「正式には」という話で、10月に「行けます」と言われてから準備しても間に合わない。準備は他の隊員と同様、3月の冬訓練からスタートしていたのだが、訓練や健康診断、打ち合わせ、全ての手続きを自分からイニシアティブを取って進めなければならないのは、かなりの負荷だった。どこまで行っても準備が収束する気がしなかった。
特に健康診断には、頭を悩まされた。同行者の健康診断の締め切りは7月末だったので、1ヶ月も余裕を持てばいいだろうと、6月末から行動を開始したのが、間違いだった。静岡では日赤やら県立病院やら、最大級の総合病院に受診項目を問い合わせると、悉く断られた。血液検査にも通常の人間ドッグにはない項目が満載だし、胸部CTなんて、「やってません」の一言だった。これまでも健康診断でNGが出て、行けなかった人はいるらしい。そもそも、その健康診断すら受けられないのだ。結局極地研に泣きついて、東京の病院で受診する羽目になった。
装備品も一部貸与されるが、多くは自費で買い求めた。隊員と同じ割引が利くのはラッキーではあった。日頃から使うアウトドア用品がなければ、かなりの出費だったことだろう。
そんな同行者としての準備を経験していると、正式な隊員の待遇は「上げ膳据え膳」だ。今回は、研究計画自体は正式に受理されているので、最初から正式隊員候補としての準備が始まった。冬訓練は当然出張扱いで、極地研からバスで直行できる。越冬隊の健康診断は厳しくて5箇所での受診が必要だったが、それも希望日を告げると、全部アレンジされていて、指示された通りに病院を回ればよい。祖父、父親と脳卒中で亡くなっているので、脳ドッグの結果に一抹の不安はあるが、数年前にMRIを撮った時には異常がなかったので、まあ大丈夫だろう。40代後半に患ったうつ病のことを申告したのも、やや正直すぎるのかとも思うが、どうせ南極で極夜を迎えれば、誰もが抑うつ傾向になるのだ。休職した訳でもないので、それでNGが出れば、素直に受け入れるべき運命なのだろう。
人間、贅沢なもので、あまりに簡単に準備が進んでしまうと、南極に出かける感慨が薄れる。ようやく健康診断が受けられて、「やっとスタートラインに立てた!」と思ったドラマチックな瞬間が忘れられない。その分、本質的なところにエネルギーを割きなさい、ということなのだろう。
隊員が「上げ膳据え膳」で出発を迎えられるのも、膳を上げ下げする人がいればこそである。極地研にある南観センターの多くの職員が日々、様々な「雑用」を片付けてくれていればこそ、安心して南極に赴く準備をすることができる。もちろん、極地研とのミーティングも、自分の研究が正式に受理されているのだということを改めて思い出させてくれ、身が引き締まる。