艦上で運動ができる場所は基本的には上部甲板と保養室という名のジムだが、氷海を離れて「不摂生を正す」自衛官が増えてきた。一方で、悪天候になると上部甲板は使用できなかったり、積雪・強風のため甲板の一部で利用が制限されるという事態が生じる。そのため、ジム利用者が急増する。もともと広くない上に有酸素系はランニングマシンが1台、自転車が2台あるに過ぎない。待っている人がいる場合には30分までしか許されていないので、長い時間のトレーニングも難しい。週1回は90分のトレーニングをするつもりだったが、どうするかな・・・。
ひらめいたのが食事時間の利用。自衛官・観測隊ともに食事時間は11:15-11:45(昼)、17:15-17:45(夕)と決まっている。さすがに飯くってすぐにトレーニングする人はいないので、その前後30分程度はトレーニングルームも空いているだろう。案の定11~12時はジムもがら空きだった。食事時間が決まっている艦内ではそのために食事を抜かなければならないが、トレーニング以外はほとんど動かず、しかも昼食夕食に栄養満点の食事を提供してもらっているので、昼食ぐらい抜いてもへっちゃらだ。補給食の類もある程度は残っている。週1回はロングトレーニングの日に悪天候で甲板が使えない場合には、この手でトレーニング時間を確保した。普段は朝食を食べないが、ロングトレーニングをし、悪天候が予想される日は、がんばって早起きをして朝食を食べてから11時すぎにジムを利用することにした。
このシフトはある程度機能したのだが、ある昼食時にトレーニングにいくと、観測隊2人の先客がいた。昼食直後にやってきた観測隊員もいる。彼らはいずれも昼食を抜いたようだ。同じような境遇にあれば、同じようなことを考えるものだ。やれやれ。
艦の方でも対策は考えている。三船倉(さんせんそう:第三船倉の略)が開放になった。その名の通り、観測隊の物資を入れる倉庫だが、昭和基地に置いてきた物資のため、多少のスペースが生まれている。決して広いとはいえないが、サーキットトレーニングにはもってこいだ。夕方15時から16時は自衛隊員が60秒+30秒のアラームを流しながらサーキットトレーニングしている。狭い倉庫の中で4-5人のがたいのいい男たちが隊列を組んでジョグしているのは、トレーニング慣れしていない人には異様な光景に映る。でも、一回自分でやってみると意外と楽しい。積荷の間のスペースをちょこちょこ走って30mくらい、3~5周ごとに各種筋トレをして、それを3セット程度やると、40分はあっという間だ。無機質の倉庫然とした風景の中での筋トレにはロッキーのテーマが似合いそうだ。
3月10日には艦内の娯楽大会が開かれたので、相乗りでフォト形式のロゲイニングをやった。とはいっても狭い艦内、地図なし写真票のみでやったので、まあ宝探しだ。安全上の配慮からも「走行禁止」で実施したので、トレーニングとは言いがたいが、自衛官も含めて多くの人が参加してくれた。取材の際には、画板に艦内の地図を作成しながら、普段観測隊員の入らないスペースに入ってうろうろして、写真まで撮っている。いかにしらせとは言え、自衛艦なのだから相当怪しい行為に見えただろう。だが、南極大学で講師を引き受けたときに「特技:アウトドアスポーツイベント運営」と紹介し、ロゲイニング実施のPRをしてからは、ポイントを物色していると「あ、ロゲイニングですね」と分かってくれて話しが早い。ポイントの薀蓄などを聞くと丁寧に教えてくれるまでになった。
もちろん、観測隊としらせには届けた上での実施である。観測隊の世話役の方がポイントのチェックまでしてくれた。「複数あるものがありますが」、ゲームの趣旨をちゃんと理解してくれている。「はい、番号や右舷、左舷の構図で区別させます」。「航行支援室は入口と加えてください」そりゃそうだ。しらせの航行支援室は普通の護衛艦なら「戦闘指揮室」だからな、民間人に入られても困るだろう。観測隊からは「マグロ用冷蔵庫」に「マグロ削除」の修正要望が出た。もともと生物系のサンプル冷凍のためのマイナス60度の冷蔵庫を、行きは入れるものがないのをマグロ冷凍用に使っているのだ。さすが国家プロジェクト、国民にあらぬ誤解を抱かれないリスク管理も怠りない。
来週3月17日にはしらせ100周チャレンジを実施予定。自衛隊員も観測隊員もかなりトレーニング好きだが、100周走ったという経験は聞いたことがない。一周250mだから100周で25km。双方にとってしらせ乗艦のいい記念になるだろう。