砕氷艦しらせは、行きはフリマントルからの20日間、帰りは約50日かけてシドニーまで観測隊を送り届ける。フリマントルからシドニーは直接移動しても3-4日もあれば到達できるだろう。それなのに帰路の船旅が50日もあるのは、帰路には昭和基地から東の海岸に沿って海洋調査や露岩域の調査をするからだ。そもそも2月1日に昭和基地を去るのだと思っていたら、14日まで昭和基地付近でプカプカしていた(これも海洋観測だったり砕氷性能の試験だったりする)。そこからさらに海洋観測したり、アムンゼン湾で野外調査があったりするので、それほどゆっくり動いているわけではない。
いずれにしろ船旅は長い。そこで各種イベントが行われる。年末には餅つき大会が行われた。帰路には艦内娯楽大会や南極工芸展が行われる。それらの中でも、観測隊+自衛隊っぽいのが、「南極大学」である。行きは4日間8コマ、帰りは4日間9コマが開講された。主としてしらせの乗員のために開かれているものだが、もちろん観測隊員も聴講できる。南極に関する分野では日本を、いや世界をもリードする研究者たちから話を聞けるのだ。観測隊員にとっても、貴重な機会である。
帰路の南極大学は、2月28日から3月3日にかけて行われた。既に観測を終えた後なので、南極で何をしてきたか、そのバックグラウンドを含めて話が聞ける。初日はペンギンガール田邊優貴子さんだが、今回はペンギンの観測ではなく、南極の湖に広がる生態系の調査をしてきた。氷に覆われた大陸南極だが、夏には露岩が広がり、氷食によってできた地形には随所に湖が広がる。しかも、少しづつ氷河が後退することで、湖の成立年代が異なる。湖ができてからどのようなプロセスを経て生態系が確立までのプロセスが、同時に観察できる可能性があるのだ。特に彼らが注目しているのは、コケボウズと呼ばれる湖底の生態系である。今回、その観察に投入された水中無人探査機を作成した後藤さんも、技術者魂あふれる製作の苦労話を紹介してくれた。
二日目は、ドーム隊で約3ヶ月のドーム旅行と地底探索などを行った大野さん、設営の永木さん、鎌松さん、葛西さんが昭和基地の維持に関する話をしてくれた。この日は、さらに氷河チームでも行動をともにした伊藤さんが、マニアックな海氷のでき方の話をしてくれた。真水のように純粋な物質の温度による挙動は実験でも把握しやすいが、複雑な自然環境に取り囲まれた塩水が凍るメカニズムも2000年ごろまで全然分かっていなかったらしい。現在では過冷却された海水が氷になることが定説になっているが、それでも、なぜそれが海面下75mまで入り込むかなどのメカニズムはわかっていないらしい。実験室では予測できない現象があるところがフィールド科学の魅力なのだろう。
3日目は氷河チームの箕輪さんの発表だった。南極の氷は概ね降った分だけ海にでていく。この質量流出は氷山が主だと思われていたが、海洋に接する場所にある氷河の延長である棚氷の底面融解がほぼ半分の貢献度であることが最近分かってきた。その相互作用を解明するための基礎的データの収集が彼らの研究目的だ。現場で日々見てきた地道なデータ収集から、大局的な仕組みが描かれるところをリアルタイムで眺められた。この日は私も発表をさせてもらった。タイトルは「過酷な自然環境の中でのリスクマネジメントの実践知について」だが、内容については次回紹介する。
最終日は宙空の江尻さんの発表。宙空という言葉は宇宙と空の境界領域(およそ地上100km)を指す言葉だが、南極観測以外ではほとんど使われていない。だが、大気圏からのエネルギーの伝達と同時に、宇宙からのエネルギーと物質(流星)の相互作用が盛んで、上から下から大童状態なのだそうだ。地球環境に大きな影響を与えかねない大事な場所だが、普通のジェット機が高度10km、逆にISSやスペースシャトルが350kmくらいで、その中間である宙空圏にはなかなか行きにくい。従ってリモートセンシングが主ということになる。どうりで宙空は昭和基地にバンバンアンテナが建っているわけだ。ラストバッターはペンギンの國分さん。帰ると生後10ヶ月のお子さんが待っているという。そのお子さんが将来の研究者を目指してペンギンの捕獲練習をしている可愛い写真(ぬいぐるみです、もちろん)を見せてくれた。
どの発表を聞いても、フィールド科学の面白さと同時に、自然に関する基本的なこともけっこう分かってないのが印象的だった。それを解明することに南極観測、引いてはフィールド科学の意義があるんだね。最終日には講師全員に艦長名での記念の盾をいただいた。なんと講師名まで金属板に刻印されている。艦のあらゆる工作に対応する応急工作員から見れば、朝飯前のことなのだろう。