同行者として南極にいくにあたって、ハードルが4つ考えられます。第一のハードルは研究テーマを認めてもらうこと。外部からの「持ち込み」研究ですから、その意義を認めて貰わない限り、南極にいくことはできません。南極観測経験者ほぼ全員が「意義が高い」と言ってくれてれてはいるものの、回答者はいずれもOBですから、現役世代とは意識が違うかもしれません。また組織は現実的な理由によってダイナミックに動いていますから、意義は認められても、現実問題として採用されるとは限りません。
まだ南極行きが夢でしかなかった58次隊の訓練全般にオブザーバーとして参加させてもらい、幸いなことに質問紙調査をやらせてもらうことができました。結果はまずまずでしたし、経験者と未経験者の意識やリスクに対する知識の違いも明確になりました、それについては一定の評価も得ていたことから、研究の意義に関してはクリアできているだろうと考えていました。公開利用研究というカテゴリーで同行を申請しましたが、一回のやりとりのあと、受理してもらえたので、まあ大丈夫だろうと分かったのが3月半ばでした。
第二のハードルは勤務先の大学です。もっともこれも、研究者としての研究活動の一環であり、しかも大学での授業ではかなりの程度安全教育や防災の教育に携わっていますので、理由は十分です。あとは気持ちよく納得してもらうかどうか。校長職にある時から、「校長が終わったら、南極にいく!」「子どもたちに『南極授業』をする!」と、50歳をすぎたおっさんが夢みたいなことを言いふらしていたお陰で、「奴はいくんだろう」という機運が醸成されました。
今年度、附属学校園統括長という仕事を拝命してしまいました。そもそも行けるような立場にはないのですが、様々な幸運にも恵まれ、組織として一定の理解を示していただきました。感謝の言葉もありません。
研究の意義に関連して、同行者として最大のハードルは費用の確保です。一体、4ヶ月の夏隊参加のためにどれだけの費用負担があるとお思いでしょうか?研究者や大学の仲間によくクイズを出します。回答のモードは代替300-500万円というところです。
砕氷船「しらせ」に払う4ヶ月の食費が約30万円、また現在の観測隊は空路でオーストラリアに向かい、そこからしらせに乗るので、その航空券が25-30万円。そのほかに健康診断代が約10万円。ここまでが直接費用で約70万円。その他に、防寒具、訓練の参加費用、これらはばかにならない額ですが、全部足しても100万円あればおつりがくる、というのが前次隊で参加した同行者の言葉でした。
もちろん研究費を申請する予定でいました。しかし、「4ヶ月なら、家にいても40万円はかかるよな。航空券だって旅行だと思えば、当然の費用」、そう考えると、最悪自腹でも行けると高をくくってしまったのが悪かったのでしょう。申請していた科学研究費は不採択でした。それでも、別の小規模な研究費申請、その他をかき集めて、日本にいればかかるはずの食費分程度の負担で済みそうな状況です。これにあたっては、競技仲間がチャリティー的なイベントを手伝ってくれることになったことにも感謝しています。
そんな訳で、4つのハードルのうち3つは早い段階から概ねけりがついていましたので、最大のハードルは健康診断ということになります。過去には観測隊員ではないものの、死亡事例もあります。越冬隊の場合には約10ヶ月間、最先端の医療とは隔絶された環境にいますから、要求される健康診断内容も多岐にわたります。夏隊はその隔絶がせいぜい3ヶ月ですが、それでも越冬隊に準じて要求されるため、これがハードルだということは容易に理解できます。そう思って「健康診断がハードルなんです」というと、僕が日常的に走っていることを知っている周囲の人は「村越さんに限って・・・」といってくれるのですが、実際これが大きなハードルとなり、執筆時の今でもクリアできていいません。
というより、そもそも所定の健康診断を受けることさえ、静岡ではできないのです。これには愕然としました。一つ一つはそれほど特殊な検査ではないものの、静岡の病院では健康診断をパッケージとして実施しており、そこに入っていない検査は基本的にやってくれないのです。そんな訳で、胸部CTは東京まで受けに行く羽目になりました。やれやれ。