のどかなロゲイニングも、スタートでは多くのチームが一目散に走り出す。移動方向は概ね3つくらいに分かれたようだ。私たちは予定どおりに真北に進んで北部のエリアを東に向かって移動する。2時間ほどでスピニフィックス(以後sp)の藪エリアを完全に縦断し、微地形の多いエリアに入り、おそらく10時間くらい行動して、最遠のウォーターポイントで補給をするつもり。
81、62、36、54をとった後の最初のWPには約1.5時間で到着。一部spの藪を通過したが、spを避けるべきかどうかという点では十分な情報が得られなかった。藪を通過する元々のルートを維持することにする。91、112、84、116と比較的高得点のCPを取る。ナヴィゲーションは難しくないが微地形とspでスピードが上がらない。2.5時間で6km(直線)も進めなかった。元々のルートはその後82、97とspの藪が続くが、ここで気持ちが萎えてしまった。田島と相談して、距離の割には得点が変わらない88、51、108に逃げることになった。この選択自体は悪くなかった。このペースではオリジナルルートでは時間がかかりすぎる。どのみちどこかでショートカットしなければならない。
その後、88、51、108ととった時点で6時間経過した。今度は水の補給が心配になった。この後オリジナルルートに復帰すると、WPまでさらに6時間近くかかる。前のWPで十分水を飲まなかったせいか、夕方になっても水の消費が落ちず、1Lで残り6時間持つだろうか。普段長距離レースの経験の少ない僕には、自分がどこまで追い込めるかに確信がもてなかったのだ。
結局後半回ろうと思っていた一部を取ってWPに直行し、その後点数の高い東側エリアを小ループし、再度WPで給水して、時間に応じて帰路に就くプランに変更した。この変更は同時に、レース中HHには一度も戻れないことを意味する。今回その可能性も低くはないことを考えて行動食を用意した。天候状態もいいのでどこかで仮眠をとってもよい。最後には道路のラインが確保されているので、たとえ低血糖等になっても、なんとか戻れるはずだ。
このプランのもとに47、95、78と通過し、WPに到着。給水と休息をとって、109、59、69、118、87の小ループを取る。途中、田島が眠くなってサバイバルシートをかぶって10分間の仮眠を取る。天気もよくて眠れる程度には温度が高かった。WPに帰着後、戻したα米を食べる。スーパーで買ったレトルトのチリ風味サーモンフレークをかけたらめちゃくちゃ旨くて元気がでた。エバニューに提供してもらったチンパンジーバーもしっとりしているうえに味も穏やかで、これならレース中無理なく食べられる。食料的には不安は少ない。田島が再度眠くなり少し仮眠。
WPを出発したのは2時。あと10時間。これなら南側をかなり寄り道しながら帰ることができる。56の後、106、38、94、ととってWP8に向かう。途中、さらにもう一回仮眠。ルート上で寝ていたから、通りがかったチームが「休んでいるんだよね?」と心配して声をかけてくれた。22時近くになって満月に近い月が昇り、オープンの荒野はヘッドライトを消しても歩けるくらいだ。電池の消耗を少しでも防ぐため、時々電気を消して歩く。
WP8についてびっくりした。たき火をしているのだ。こんなことは今までになかった。しかも、テントの下では調理までしている。「暖かいもの食べて行きなさい」と言われる。地図を見直すと、ANC*と書いてある。なんだか分からないがもらえるものはもらっておこう。ここで食事をとれるなら、朝6時の時点でアルファ米1袋以上が残るから、食料の不安は払拭される。アウトバック風ハンバーガー1つを二人で分け、暖かい飲み物を摂って、後半に向かう。spの藪で低スピードでの行動だったため、脚へのダメージは少ない。最後まで攻められるだろう。
(ANC* = all night cafe)
この時点でのプランニングの課題は、時間が余った時どれだけルートを膨らませることができるかだ。予定のCPのみだと1時間半余ってしまうだろう。比較的時間がなければ、最後の44をやめてその南側の丘陵を通過し52、73ととってフィニッシュに向かう。これはプラスになる時間が40分程度で得点は80点増える。もう少し余裕があれば、44をとってから52に向かう。ルートの特徴に大きな違いはない。こまめに区間の所要時間を計って、最後のルート変更の材料を蓄積する。35、102、64は明るければなんの問題もない。spもなければ歩きにくい路面もない。こんな楽ちんでいいのだろうかと思うような最終局面が過ぎていく。
102を過ぎても時間はなお4時間弱余っていた。これなら44をとっても52、73ととれる。時間が余っていることが分かっている田島が、「44が最後?」と聞くので、上記プランを直前の区間タイムの状況を踏まえて示す。この区間も52に登る急斜面を除けばナヴィゲーション的にもフィジカルにもなんの問題もない。52から73の谷も地図で見るとおり分かりやすく、歩きやすいアニマルトラックが続いていた。そのお陰で、73を過ぎてもまだ1時間40分があまっていた。まっすぐ戻れば1時間は余る。60をピストンで取りに行くという選択肢がある。フィニッシュへの残りの道も林道だし、ルートもほとんど登りのない歩きやすいそうな谷間だ。ピストンなので、時間を決めてチャレンジすることができる。余るはずの時間60分のうち半分で到達しなければ戻ればいいのだ。そうやって田島を説得する。彼女も歩くスピードは上げられないけれど、データによって可能性とリスク回避の方法があることを示されればうんと言わざるを得ない。
余裕を見て25分と決めてピストンを始める。少しでもスピードを上げるため、田島は空身にして荷物は僕が全部持つ。余分な水も捨てる。高度差は気になっていた。CPがあるはずの斜面が遠くに見えた時には、CPの位置はかなり上だと見えたので、一瞬25分では到達しないかもと思ったが、アタックで方向を修正してCPについた時はぴったり25分だった。往々にして際どい勝負を勝ち抜けるかどうかはこうした努力によってもたらされる。1時間近い最後の努力が報われれば、次のモティベーションという意味でも大きい。もはや時間に遅れる心配もない。最後の林道を15分を歩けばフィニッシュだ。最後の最後にたっぷり水量のある川が流れていた。「まじかよ、聞いてねえよ」と毒づきながらも、長距離を歩いて火照った足首に、冷たい川の水が心地よい。既定時間の15分前にフィニッシュ。